当院では夜間睡眠時の噛み締め、食いしばりでご自身の歯を真っ二つに噛み割る患者さんがよくいらっしゃいます。
「噛み締め、食いしばり、歯ぎしり、タッピング」などを総称して「ブラキシズム」と呼んでいます。これは日中、覚醒時にも起こりますので、「睡眠時の」「覚醒時の」ブラキシズムと呼称が変わります。
睡眠時ブラキシズムは、国際睡眠関連疾患分類で睡眠関連運動異常症に分類され、「過度の覚醒活動に関連する睡眠中の歯の歯軋り、または噛み締めを特徴とする口腔異常機能」と定義されています。
ブラキシズムがなぜ起こるかは歯科において最も多く議論されてきた問題の一つです。かつて、噛み合わせが悪い、歯並びが悪いのでブラキシズムが起こるなどという説がありましたが、これらがブラキシズムの原因とする科学的根拠は実証されていません。
最近の研究では、睡眠中の大脳上位中枢の興奮に由来するもので、中枢性に引き起こされるものであることが明らかとなっています。「患者の歯ぎしり音の自己申告」を基にした欧米やアジア諸国での調査によると、睡眠時ブラキシズムの発生率は、小児で10~20%、成人では約5~8%、高齢者で2~3%と加齢とともに減少し、大きな性差はないことが報告されています。
詳しい原因は不明ですが研究自体は進んでおり発生時前後の現象などは明らかにされています。すなわち、自律神経系活動の変化である交感神経の亢進、副交感神経の低下が睡眠時ブラキシズム発生の約4分前に起こり、脳波活動の更新、心拍数の増大が起こり、開口筋群の活動の直後に閉口筋分の活動を中心としたブラキシズムが起こることが確認されています。またこの時には突然の脳波の周波数変化を認め、推認段階の判定には関与しない短い覚醒(微小覚醒;micr-around)も観察されます。1、2)
覚醒時には歯根膜由来のブレーキが働きますので「日中ご自分の意思で歯を噛み割ることは困難」ですが睡眠時には歯根膜由来の反射が低減している可能性が高く、要は「ブレーキがなくてアクセルばかりが働く噛み締め」を行うためにご自身の歯牙を噛み割ることがあると考えます。
一説には睡眠時ブラキシズムはストレス発散のための自己防衛運動とも言われており、決してなくす必要は「ありません」。ただし、ご自身の意思でコントロールできないブラキシズムにより口腔内外に害が生じるときはこれを治療の対象にしています。当院では特に薬物による治療を得意としています。
2021年2月に公表された、補綴学会ブラキシズムガイドライン「睡眠時の薬物療法」に以下の薬物が報告されています。
ラベプラゾールrabeprazole(プロトンポンプ阻害薬):逆流性食道炎の治療薬
トリプトファンtryptophan(アミノ酸,Serotonin, Melatoninなどホルモンの前駆体)
レボドパlevodopa,L-dopa (Dopamine, Noradrenalin, Adrenalinの前駆体,向精神薬)
ブロモクリプチンbromocriptine(ドパミンアゴニスト)
アミトリプチリンamitriptyline(三環系抗うつ薬)
クロナゼパムclonazepam(ベンゾジアゼピン系の抗てんかん薬, 筋弛緩薬)
プロプラノロールpropranolol(β遮断薬)
クロニジンclonidine(選択的α2受容体アゴニスト)
ガバペンチンgabapentin(抗てんかん薬, RLS治療薬)
プラミペキソールpramipexole(ドパミンアゴニスト)
ボツリヌストキシンA botulinum toxin A (BTX-A, BoNT-A)
いずれもブラキシズムへの処方となると、オフラベル(本来保険適用で認められている用途ではない用途での使用)になります。現在では使って良いというエビデンスもないが、使っていけないというエビデンスもない状態です。また正常な人体に対して使用できる薬剤も限られていますので、使えば「学問的に効果がある」というふうに理解してください。ただし、副反応が生じる可能性が高いので、通常は使用致しません。
ただし、「ボツリヌストキシンA」に対しては従来から数多くの文献があって3)十分な効果が認められています。当院では十年ほど前からの多くの使用実績があります。ぜひご相談ください。